絵本作家 長田真作による対談企画
「あっけらカント −ぼんやり てつがくする おしゃべり−」。

言葉にできずにいた ぼんやりとした思いを
おしゃべりしながら 見つけていきます。


対談第2回目のゲストは、振付家、アーティストの香瑠鼓さん。

プロフィール

長田真作

1989年、広島県呉市生まれ。高校卒業後に上京し、障がい児学童保育のNPO法人「わんぱくクラブ育成会」勤務を経て、絵本作家となる。

ファッションブランドやミュージシャンとのコラボ、渋谷・ヒカリエでの絵本原画個展の開催(2018年1月)など、活動は多岐に渡る。

著書に『すてきなロウソク』『きらめくリボン』『いてつくボタン』(アカルイセカイ三部作、共和国)、『光と闇と-ルフィとエースとサボの物語-』(集英社)、『ぼくのこと』(方丈社)など多数。

香瑠鼓(かおるこ)

振付家、アーティスト。1957年東京都生まれ、早稲田大学卒業。

Wink「淋しい熱帯魚」、慎吾ママの「おはロック」、グリコ「ポッキー」(新垣結衣)から、Y! mobile「と思いきやダンス」、レノア「テッペキーン」(鈴木亮平)まで、手掛けた振付は1300本以上。斬新で独創的な振付に定評がある。

また、長野パラリンピック開会式(1998)、東アジア競技大会大阪大会開会式(2001)、映画《嫌われ松子の一生》、《20世紀少年》など、イベント、舞台、映画などでも多数の実績をもつ。

一方で、1996年より障がいのある人たちが参加する「バリアフリーワークショップ」を実施。障がいの有無を超えたコミュニケーション方法を模索するなかで、自然界からヒントを得た独自の即興メソッド「ネイチャーバイブレーション」を体系化。このメソッドは障がいのある人のみならず、あらゆる人のメンタル、フィジカル両面に働きかけるメソッドとして各方面から注目され、企業や学校、地域コミュニティなどでも講義や研修を行う。

今回のゲストは振付家・アーティストの香瑠鼓さん。ミュージシャンやテレビCM、舞台などの振付を行う一方で、障がいのある人たちと体を動かすワークショップを20年以上続けています。

今年の3月31日。香瑠鼓さんは日々のワークショップを活かして、障がいのある人やその親御さんたちと一緒に、ダンスの舞台を創りました。その舞台はなんと、長田さんの絵本『ヒミツのトビラ』を原作としたもの! 舞台《ヒミツのトビラ》を話のきっかけに、人や自然との「共振」についておしゃべりしていきます。

*対談は下北沢にある香瑠鼓さんのダンススタジオ「スタジオルゥ」にて行われました。

舞台《ヒミツのトビラ》

長田 今日はよろしくお願いします。

早速ですけど、僕、舞台《ヒミツのトビラ》を観て、強い衝撃を受けたんですよね。何人かで一緒に観たんですけど、観終わってから近くの喫茶店で一緒にうなだれましたね。ショックで脳が疲れました。それでその後、舞台についてずっと喫茶店で喋ってました。

香瑠鼓 感想を言わないと気が済まない……みたいなね(笑)。ありがとうございます。

長田 でもうまく言葉にならないんですよ。「良かった」と言うのもまた違うんですよ。衝撃を受けてるから。「はあぁ……」とか腕組んで「あれはなんだったんだ……」みたいな感じでうなだれました。うーん、だから「なんだったんだ」というのが一番近いのかな。

 でも構成も含めて、とっても愉快な舞台でした。観る前は絵本の『ヒミツのトビラ』を舞台でやるのかなと思ったんですよ。よくある「漫画の舞台化」じゃないですけど、絵本をわりと具象化するというか。

香瑠鼓 ああ、はいはい。その通りにね。

絵本『ヒミツのトビラ』(高陵社書店、2018年)
男の子が「ヒミツのトビラ」を開けて、不思議な世界へ入り込む物語。全編モノクロームで描かれている。
舞台《ヒミツのトビラ》(2019年3月31日、スタジオルゥにて上演)
香瑠鼓さんが普段から行っている
「バリアフリーワークショップ」をもとに、
香瑠鼓さん、障がいのある人とその親御さん、
香瑠鼓さんのアシスタントたちが、即興ダンスを繰り広げる。
原作絵本の世界観とダンスが融合した新しい舞台。

長田 ハンディキャップのある人たちと、なるだけ絵本の通りにするのかなと思ったら、良い意味でも全然違っていて。

 大事なのは絵本の捉え方なんだなと思いました。そこ、すごい発見でしたよ。違う表現物になっても、絵本の『ヒミツのトビラ』を感じられる。でもちゃんと絵本とは別物だし。ただ、「扉を開けて入っていって、いろんなことが起こって」という話の流れや感覚は、舞台でも同じように表現されていました。

香瑠鼓 舞台では衣装や照明がちょっとカラフルだったんですけどね。結局「その扉の世界のなかに入ったら、現実に起きていることがいろんな角度から見られるよ」ということをやったんですよ。この絵本って、そうじゃないですか。

長田 そうなんですかね(笑)。

香瑠鼓 とくに絵本では自然界のものが多く出てるから。うち(ワークショップの参加者)は自然界が大好きだし、ワークショップのタイトルも「ネイチャーバイブレーション」だからぴったりだなと思って。

自然界を表す「擬態語」

香瑠鼓 舞台の後、会場で原作絵本の販売もしたんですよ。舞台を観たお客さんは、絵本を見てもう一回、パフォーマンスを思い出すわけです。

長田 それがまた面白いですよね。僕も舞台の後に絵本を何回も見返しましたけど、僕のなかで実物(踊っていた彼ら)が出てきますもん。絵本ではできない「音」もありましたし。踊っていた女の子とかが、ときどき声で「♪シュルシュルシュル……」とか言ってましたよね。

香瑠鼓 そうです。「擬態語」ね。

長田 あれは彼女たちが自由にやってるだけなんですか。

香瑠鼓 自由にやってるんです。普段私たちは、あの「擬態語」で、重度の障がいのある人たちと会話したりしてるんです。

 あと、ワークショップでは、「ネイチャーバイブレーション」というメソッドとして、自然界のものから感じる音や響きを、即興で口にしたりしています。それが舞台に活かされているんです。

長田 僕あれでね、ドキっとしちゃいました。あれはそれまでの僕にとって、聞こえていなかった音なんですよ。今まで意識してなかったから、もし僕がおんなじ立場(舞台)にいたら、その場に合った音を言っちゃうかなと思うんです。例えば「ドンドンドン」とか「ビュッ」とか。いわゆる、みんながわかる言葉を口にすると思うんです。でも彼女たちは「♪シュルシュル……」って呟いていて。それを聴いて「は?」ってなっちゃったんですよ。あれ、なんか変な音が聞こえるな、どっかから効果音が出てるのかなって思ったんですけど、彼女たちが喋ってたんですね。

香瑠鼓 舞台では出演している人たちに「自然界の音をやって」って言ったので、そうなったんです。その障がいのある人は、自然界のものを感じながら即興でやってたんです。あれは割合(人数)でいうと、3分の2くらいの人たちが得意ですね。障がいのタイプによっていろいろですが。

長田 彼女たちが即興でやっていたことが、僕の耳に残ったんです。ダンスだけじゃなくて、いろんなものをああやって、どんどん勝手に表現できちゃうんだなと思いました。

 だから僕、舞台を観て閃いちゃって。聞いたことのない言葉を集めていく主人公がいる絵本を新しく描いちゃったんですよ。

香瑠鼓 擬態語の?

長田 擬態語って言ったら擬態語なんですけど……。

 舞台では、不思議なことを言ってたじゃないですか。「♪フワフワフワ~」とかね。でもあの衝撃に対抗するのは難しいなって思いました。舞台での「♪フワフワフワ~」を絵本の文字にしたとき、本当に「フワフワフワ」だったのかなって相当悩んだし。

 もうね、《ヒミツのトビラ》のダンスを観て、3、4個くらい絵本のアイデア出ちゃいましたね。

香瑠鼓 売れたら印税の一部をこちらにもらいたい(笑)。

長田 でも音の絵本ができたのは、間違いなく舞台の影響だったなと思います。

「ヒミツのトビラ」の舞台裏

長田 実は僕も、この下北沢から少し下がった三軒茶屋で、18歳から24歳くらいまでの間、ハンディキャップをもった子たちと、毎日一緒に遊んでいたんですよ。障がい児専門の学童保育でアルバイトをしていました。絵本をやり始める6年くらい前のことです。僕は香瑠鼓さんみたいにワークショップのメソッドをもっているわけじゃなくて、「若いお兄ちゃん」みたいな感じで、一緒に遊んでました。

 学童でのバイトを始める18歳のときまでは、「健常児」というか、そういう友達がいる世界に自分はいたんですよ。でもハンディキャップのある子たちと一緒に「言葉の外の世界」に出たんです。喋られないけど、アイコンタクトをするだとか。ゆっくりなダウン症の子もいて、とってもすばやい多動症の子もいて、それぞれのスピード(生きるテンポ)が明らかに違う。でも一緒に過ごさなければいけないので、この差を感じながら、どうタイミングを合わせていくかって考えました。「○○ちゃん、こうしてね」みたいな言葉は必要ないじゃないですか。どっちかに合わせるっていうのも変だし。まあ、そこは僕らスタッフというか、いる人たちの空気と力量だと思うんですけど……。

 子供たちのそれぞれのテンポを感じると、彼らと関係をつくっていくうえでも、「言葉」って入るタイミングがないんですよね。それをずっと感じてたんです。でも今、いざそれを人に説明しようとすると、「言葉」にしているじゃないですか。

 この言葉(説明)は、香瑠鼓さんみたいに、ハンディキャップをもっている人たちといろいろやられている方には、すぐ「なるほど、なるほど」って届くこともあると思うんですよ。だけど、この「言葉にしにくい人たち」のことを言葉にするって、とても難しい……。

 そういえば、『ヒミツのトビラ』は一番初めに描いた絵本なんですよ。絵本というか、絵本の原画という意味ですが。時系列でいうと、子供たちと遊んでいる日々のなかでこの絵を描いているはずなんですよね。それをキャビネットの奥に入れて忘れていたんですが、数年後に学童のアルバイトを辞めて絵本作家になってから絵本として出版したんです。

 確かに、この絵を描いたことって、彼らの影響が甚大でないくらいに大きくあるからだと思うんです。自分が言葉から離れられる世界にいたこととかね。芸術というか、ちょっと不思議な世界に飛ぶということは、彼らがやっていることを、ちょっと真似しているっていうところもある気がするんです。

香瑠鼓 わかる気がします。影響を受けているっていうことでしょう。

長田 そうですね。例えば、そういう子たちの発言で、こっちからしてみれば「あっ、そのタイミングで、そういう言葉を発するんだ」って思うようなものがありますよね。

香瑠鼓 わかります、わかります。

長田 ってなると、その感覚をどんどんこっちも受けちゃうんです。それを「真似」って言ったらあれですけど……。その感覚や言動を時々自分も出しちゃえば良いってわかると、「あっ、これって結構心地良いものなんだな」と気づくんです。

 僕の場合はその「出しちゃうこと」を絵本っていう「表現」でやっているけど、日常的に彼らはやってます。《ヒミツのトビラ》のステージは、彼ら彼女たちのこういう「秘めたる」というか、不思議なパワーが、香瑠鼓さんのワークショップのメソッドによって、さらに増長されているからすごいですよ。

香瑠鼓 それを良しとするからね。

長田 そこがたぶん、僕が6年間、学童のアルバイトをやってたときと、また違うんです。出演者の子たちはメソッドやダンスによって、さらに解放されてるんでしょうね。

香瑠鼓 ありがとうございます。この絵本の原画は、いろんな障がいのある方たちと過ごしたときに描いたということですけど、これはどんなふうに描いたんですか。

長田 学童保育で子供たちと、絵とかを一緒に描いてたんですよ。なんかこうね、やっぱり「面白いだろう?」ってこっちが邪心をもって描いた絵には、みんな食いつかないんですよ。本当に描きたいものを描くと関心をもってもらえます。これ、一番難しいじゃないですか。「描きたいものってなんなんだ」って話ですから。子供たちはたぶん描きたいものを描くし、雨の日とかで、なんかちょっと気分が優れなかったら何も描かない、みたいな感じです。

 そこらへんで、「本当にやりたいこと」というか、「今、自分の感じているものはこれだ」ってことを、即興でも良いから「出す」ってことを鍛えられた気がするんですよね。その積み重ねの時期だった。

 『ヒミツのトビラ』がモノクロームで描かれているのも、別に、理由はないんですよ。結果的にそうなった、みたいな。

香瑠鼓 へえー。めっちゃ変わってるもん、この絵本。

長田 だから絵本を舞台化するという話を聞いて、「これをダンスにするの?」って驚きました。そこらへんは香瑠鼓さんの感覚があったんでしょうけど、最初から「ダンス」って形がこの絵本から見えたんですか。

香瑠鼓 バリアフリーワークショップの舞台化を考えるときに、原案として「何かないかな」って言ってたら、高田社長(絵本『ヒミツのトビラ』の出版元の社長。香瑠鼓さんと旧知の仲)が、「これが良いですよ」って、本の前の段階のもの(原稿のようなもの)を送ってくれたんです。それを見て、やりやすいなと思ったんですね。

 うちのワークショップでは、「ものの見方を変える」ことをやってます。「悪いところも良く見よう」みたいに、違うところから見るから。ちょうどこの絵本でも、いろんなところにいろんなものが潜んでいるのが描かれてて、同じじゃないですか。

 この舞台にはテーマソングもあるんですよ。私が作詞作曲したもので、その歌詞にも書いてあるんですけど、いろんなところを、斜め、横、縦からとか、離れたり近づいたりして見てみると、違う側面が見えるよっていう歌です。この絵本はそういうのを描いてらっしゃるから、やりやすいですよ。

『ヒミツのトビラ』一部

長田 そういえば、学童にいる子、自閉症の子たちだったかな。幾何学模様が好きな子、多かったなって、今、ふと思い出しました。こういう四角とかも景色の一部として見えているんじゃないかな。

香瑠鼓 私は幾何学模様が空間に見えるので、普段、それで振り付けをしているんですよ。振り付けする相手の顔の周りに絵が見えて、その人に合う振り付けがわかったりとか、景色とか人の感じから音が聞こえてメロディーが浮かぶとか。いわゆる「共感覚」(ある刺激に対して、通常とは異なる感覚が生じる知覚現象)ですね。「なんとなく、こっち側にシュッと出て、こっち側が丸くなってこうなってる(角ばってる)」みたいに見えます。それをもとに振り付けしているんです。

長田 そうですよね。舞台のダンスを観ていても、すごくもう立体的に、幾何学模様があるなって思いましたもん。アシスタントさんたちがこうやってやっているときに。

長田 舞台では、まず前半にその感じで世界観をつくって、後半は出演者たちが自由に動き回るって構成が出来上がってるなあと思いました。

 ハンディキャップをもっている人たちが演じるっていうので、びっくりしちゃいましたよ。こういう偶然、あるんだなと思って。他の絵本じゃなくて、この本を香瑠鼓さんが舞台にするのが面白いですね。

香瑠鼓 私も、そういう学童での体験に影響されて描いてる絵本だから、共鳴できたなと思いました。面白いですよね。

長田真作×香瑠鼓(2)へ続く